ロシアの女性団体は、この黙殺された危機への意識を高めようとしています。
被害者に声を上げるように促したり、保護シェルター施設の建設を政府に要求するなどです。
しかし彼女らは、DVがとても根深い問題であることも認めています。
あるロシアのことわざにいわく、「男が殴るのは愛しているから」。
まず、女性の―そしてもちろん男性の1意識を変えることが最初の課題なのです。
DVの検証を任された数少ない医師の一人ユーリ・ピゴールキンは、ロシアの暴力の歴史も、その背景の一つと指摘します。
「ロシア社会は非常に攻撃的で、戦争に明け暮れてきました。これが、アメリカ人とは異質の行動原理を持つ市民を生み出しています。アメリカ人向けに開発された(DV解消のための)プログラムは、ここでは通用しません。というのも、おもに経済的な問題で、たとえば暴力犯罪者が家賃の支払いにも困るほど貧しければ、罰金を科しても仕方ないでしょう」
ソ連邦崩壊後の巨大な経済的・社会的動乱で意気消沈した男たちは、支配の実感を求めています。
そのため多くの夫たちは妻に仕事を辞めさせ、自分たちに完全に依存させています。
年に三〇〇万人の女性がDVの被害に遭っているとも、女性の三人に一人は生涯のあいだに殴打や強姦などの虐待を受けるとも、推計されています。
ロシアでは、毎年一万二〇〇〇人から一万四〇〇〇人ほどの女性が夫に殺されています。
実に四三分に一人の割合です。
一方米国で、二〇〇〇年に親密な相手によって殺害された女性の数は一二四七人です。
ロシアがかかえる問題のひどさがわかります。
ロシアのNGOは、虐待は大怪我か死にいたらないかぎりめったに通報されないので、被害女性の数を正確に知ることはとてもできないといいます。
暴力の恐怖におびえたり、愛されるどころか憎まれて暮らすことなど、あってよいはずがありません。
しかしいつもどこかで、大勢の女性が恋入や夫に虐待されています。
多くの国々では・家庭内暴力(Dvドメスティック・バイオレンス)は恥部として隠され、夫婦間の私的な問題として、法が介入するべきでもなければ、そうすることもできないとされています。
DVが最も目立たない暴力犯罪であることも、取り組みをむずかしくしています。
しかし不作為の結果は悲劇的です。
グローバリゼーションのメリットは、先進国と途上国の両方にもたらされなければなりません。
途上国はWTOのカンクン会議ではっきりと意思を表明し、貧困削減と貿易障壁撤廃を世界の優先課題に挙げました。
こんどは、先進国がその課題に応える番です。
カンクン会議の前夜、英国のゴードン・ブラウン蔵相は、将来「グローバリゼーションは、世界規模の社会正義の道だったと言われるか、さもなければ金持ちの主張だったと見られるかだ」と記先進国はグローバリーゼーションの方向性を少しでも早く変えなければならないが、しなければならない、」とはそれほどむずかしくありません。
約束を守例人々の声を聞き、公正にやることです。
いずれも、理不尽なこととは思えません。
実際それらは私たちの最低限の務めではないのでしょうか。
コンピュータや通信技術はもちろん大切ですが、それにとどまらず、特許法を途上国の発明家にも利用できるものにしたり、途上国に蔓延する疾病の治療薬を共同研究開発したり、公害や燃料コストを節約するクリーンエネルギーを提供する必要もあります。
収量を増やすための農業技術面での支援は、おそらく最も貴重でしょう。
たとえば、慈善団体「ヘファー(若い雌牛)」は家畜を寄付したり、地域の零細農家に対して農業指導を続けています。
農家が独り立ちできるようになったら、こんどは彼らが、増やした家畜の子どもを別の貧農に与えて「贈り物を受け渡し」ていくのです。
なによりも、グローバリゼーションが富裕国をますます潤すばかりにならないようにする必要がああります。
供与国側にとっては、援助は受入れ国の中央政府ではなく地域社会の意向を汲んだものにすべきであり、相手国のニーズに合ったプロジェクトやプログラム、また説明責任を促すものでなくてはならないのです。
またヒモ付き援助は望ましくありませんよね。
受入れ国側としては、社会の透明性を高めたり政治改革を導入すべきであり、より幅広い開発課題に取り組み、援助実施の監視を(NGO、市民社会や個人によって)強めて説明責任を強化すべきです。
要するに、供与国側にも援助が必要な人の手に渡るように努力が必要だし、受入れ側も国民の意見を汲み、受けた援助を正しく使うよう、さらに確実を期さなければならないのです。
先進国は、途上国を助けるための技術移転もしなければなりません。
援助機関は、期間設定が厳しすぎること、IMFや世銀が債務軽減の先導に積極的ではないことなどを批判しています。
重要な開発インフラ学校、病院、水道や衛生システム建設に膨大な資金援助が必要であることは明白です。
しかし援助は借款ではなく供与によって行なわれるべきです。
こうした国々にとっては、これ以上負債を増やすことほど悪いことはないのですから。
それはまた、時宜を得た、相手の事情を考えた援助でなければならず、巨額の資金供与が社会にもたらす歪みにも配慮しなくてはなりません。
国連人間開発報告書は、援助国と受入れ国の望ましいあり方をまとめています。